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2026年5月11日
1966年に誕生した〔グッチ フローラ〕は、フィレンツェにルーツをもつグッチを象徴するビジュアル・コードのひとつとして、今なお揺るぎない存在感を放ち続けています。サヴォワールフェールの結晶ともいえるこのデザインには、約27種類の花々が34色にも及ぶ豊かな色彩で描かれ、もとはモナコ公妃グレースのために、特別なシルクスカーフとして制作されたものです。誕生からおよそ60年を経た現在もなお、〔グッチ フローラ〕は歴代のクリエイティブ・ディレクターたちの想像力を刺激し続け、直近ではデムナによる2026年ウィンターコレクションのランウェイにも再登場しています。ここでは、その比類なき歴史をひもといていきます。
1966年、当時モナコ公妃だったグレース・ケリーは、ミラノにあるグッチ ストアを訪れました。彼女を迎えたのは、創業者グッチオ・グッチの息子であるロドルフォ・グッチです。店内を案内したのち、グッチ・ファミリーからの歓迎の意として、好みのギフトを選んでほしいと申し出ました。伝えられるところによれば、公妃は当初これを辞退したものの、ロドルフォが重ねて勧めると、「花をあしらったシルクスカーフを」と答えました――それは、当時のグッチがまだ一度も手がけたことのなかったデザインでした。
ロドルフォは、すでにブランドと協働していたイラストレーター、ヴィットリオ・アッコルネロ・デ・テスタに制作を依頼します。彼に託されたのは「花々の爆発(an explosion of flowers)」という、写実的なプリントが主流だった当時としてはきわめて大胆なビジョンでした。最初のデザインはわずか1週間で完成し、1966年3月に仕上げられます。ミラノの熟練したプリンターの手によって、色が互いににじまない特殊なシルクプリント技法が用いられ、ひとつのシルクツイル・スカーフには30色以上もの色彩が、布拉紙(ブラット紙)を重ねながら一色ごとに丁寧に施されました。こうして誕生したのは、まさに卓越したクラフツマンシップの結晶でした。
ブランドのルーツであるフィレンツェへのオマージュとして、ヴィットリオ・アッコルネロ・デ・テスタは、ウフィツィ美術館に所蔵されているボッティチェリの名画《春(プリマヴェーラ)》からインスピレーションを得ました。彼を強く惹きつけたのは、春の女神フローラがまとう白いドレスを彩る野生的なモチーフと色とりどりの花々、そしてこの絵画がトスカーナ地方に自生する植物のみを描き、当時の植物誌のような役割を果たしている点でした。
こうして生まれたフローラ スカーフに描かれた27種の花は、すべてこの地方に自生する植物で構成され、グッチとフィレンツェとの深い結びつきを象徴しています。バラ、ピオニー、ポピー、アイリス、チューリップ、アネモネといった花々は、反復柄ではなく自然な構図で配置され、ルネサンス絵画を思わせる絵画的な奥行きを生み出しています。年月を経ても、このパターン自体はほとんど変わることなく、主なバリエーションは背景色にとどまっています。現在、フィレンツェにあるグッチ・アーカイブには300点以上のフローラ スカーフが所蔵されており、このモチーフが時代ごとに再解釈されてきた軌跡を物語っています。
“フローラ スカーフは、卓越したクラフツマンシップと尽きることのない創造性という、グッチのDNAを完璧に体現しています。当時としては革新的だった総柄のアプローチは、絶対的なモダニティの表現であると同時に、メゾンのヘリテージと、ブランド誕生の地であるフィレンツェへのさりげないオマージュでもあります。サンドロ・ボッティチェリの傑作への敬意、そしてトスカーナに自生する花々の描写は、文化、美、調和が卓越した技術によって結実した“フィレンツェらしさ”そのものを語っています”
誕生から3年後、フローラ・パターンは初めてグッチのレディ・トゥ・ウエアに採用され、シルクのフローラ・ミニドレスとして登場しました。高い汎用性を備えたこのプリントは、ネクタイやバッグ、1970年代にはシャツへと展開され、やがてシューズ、水着、ブラウス、さらにはフレグランスにまで広がり、グッチの語彙の中核をなす存在となっていきます。1981年には、パラッツォ・ピッティ内のサラ・ビアンカにて、フローラ・モチーフを中心としたコレクションを披露するランウェイショーも開催されました。
1980~90年代のミニマリズムが主流だった時代を経て、2005年、当時アクセサリー部門のクリエイティブ・ディレクターを務めていたフリーダ・ジャンニーニの手により、フローラは再び脚光を浴びます。彼女は、母親や祖母がフローラ スカーフを身につけていた幼少期の記憶からインスピレーションを得て、このモチーフを再解釈しました。コレクションは即座に成功を収め、21世紀におけるフローラの新たな存在感を確立することとなりました。
フリーダ・ジャンニーニの後も、歴代のクリエイティブ・ディレクターたちはこの象徴的なフローラル・モチーフを再解釈し、その進化を紡いできました。アレッサンドロ・ミケーレのもとで、フローラは単なるモチーフを超え、象徴性とロマンティシズムに満ちたひとつの世界観へと昇華されます。そのビジョンは、2016年に誕生したグッチ・ガーデンにおいて、ファッション、アート、歴史が融合した幻想的な植物の楽園として具現化されました。2019年には、ネオンのフューシャ、イエロー、ブルーといった新たな色彩がバッグ、スカーフ、レディ・トゥ・ウエアに加えられ、歴史あるプリントに現代的なエネルギーが注ぎ込まれました。また彼は、フローラの構図自体に手を加えた唯一のデザイナーとして、植物園の中に象徴的な存在としてスネークを組み込み、「フローラ スネーク」という新たなバリエーションを生み出しました。
〔フローラ スネーク〕シルクスカーフ(2017年秋冬コレクション)
現在、デムナのクリエイティブ・ディレクションのもとでも、フローラは進化を続けています。2025年に発表された、デザイナー自身が構想した架空のファミリー「ラ・ファミリア」において、このモチーフはさまざまな印象的なシルエットとして登場しました。フローラのキャラクターはキルティングのプリント・ツイルロングドレスを、ラ・コンテッサはスパンコール刺繍を施したオーガンザのガウンを、インカッツァータはプリントシルクのヘッドバンドを身につけ、それぞれのルックがフローラの驚くほどの多様性を改めて示しています。
2026年、ヘリテージと再解釈の対話がさらに深化。デムナがグッチ・アーカイブから選び抜いた10点のアーカイブ・スカーフを、現代的な視点で再構築した「The Art of Silk, Part 2」に加え、LACMA(ロサンゼルス・カウンティ美術館)内デヴィッド・ゲフィン・ギャラリーのオープニングを記念して、2点の限定デザインが制作されました。さらに、グッチの2026年ウィンターコレクションでは、控えめなブラックトリムをあしらったフローラのシルクミニドレスが披露され、この象徴的モチーフへの深い敬意が表現されています。
ルック64(2026年グッチ プリマヴェーラ)
2025年には、「The Art of Silk」キャンペーンの第一章として、俳優ジュリア・ガーナーを起用し、写真家スティーブン・マイゼルが撮影を手がけたビジュアルが発表され、グッチのシルクにまつわるヘリテージにオマージュが捧げられました。この取り組みは、2025年4月にアスリーヌ社より刊行された書籍『The Art of Silk』へと結実しました。本書は、グッチが誇る10万点に及ぶシルクスカーフのアーカイブ――その中には象徴的な〔グッチ フローラ〕のデザインも含まれます――に完全に焦点を当てた、初の公式書籍であり、60年以上にわたるクラフツマンシップを称えるものです。書籍には、1966年のフローラ・モチーフを生み出したヴィットリオ・アッコルネロ・デ・テスタによるオリジナルのドローイングも収録されていますが、肝心のフローラ自体の原画は含まれていません――それらは今なお行方不明であり、グッチ・アーカイブはその発見を待ち続けています。